Title
 北山河
 Author
 新渡戸 流木

 Subtitle
 青岬
 九〇句 平成七年
 0001
寒怒涛鴎紙片のごと吹かれ
 0002
ちぎれ凧ひたすら鳥になりたくて
 0003
厨より海見えてゐる寒卵
 0004
長き冬納屋の暗きに斧錆びて
 0005
寒鯉のいつの間に向き変へてゐし
 0006
舞ひ降りて鶴は雪原より白し
 0007
ユーカラの雪となりたるコタンの夜
 0008
降る雪や父が唄ひし子守歌
 0009
木の洞に眠る蝦夷栗鼠雪すだれ
 0010
運河暮れ屋根に雪積む倉庫群
 0011
白鳥のこゑかうかうと凍りけり
 0012
よく太る風呂場の軒の氷柱かな
 0013
     ゆたんぽ
少年の日の湯婆の火傷痕
 0014
閧あげて奔流となる雪解川
 0015
座らせてもらふ隙なき涅槃図絵
 0016
大雪となりたる釧路啄木忌
 0017
大粒の春星潤む山の国
 0018
切株に年輪の円囀れり
 0019
辛夷咲き童画のやうに馬の村
 0020
水子にも見えて真赤な風車
 0021
三越のライオン像に風光る
 0022
連翹や川より覚めし峡の村
 0023
天気図の渦がゆがんで花曇
 0024
春の雲ローランサンの少女立つ
 0025
たいくつな老人ばかり山笑ふ
 0026
産む時の吐く息荒し孕み馬
 0027
日高野につぎつぎ仔馬生まれつぐ
 0028
動くものすべてが不思議仔馬の目
 0029
親馬の視野の限りを仔馬跳ね
 0030
血統馬ばかりの牧に五月来る
 0031
日高野に陽はやはらかし親子馬
 0032
野の仔馬少し縮れし尾を振りぬ
 0033
花吹雪浴びて仏に逢ひにゆく
 0034
            どぐい
奪はれしアイヌモシリや青虎杖
 0035
恍惚と流木がゆく青岬
 0036
大蕗の葉を叩きくる山の雨
 0037
太宰忌や遅れて着きし同人誌
 0038
青日高どこの牧にも放馬群れ
 0039
青牧の馬隠しつつ海霧迅し
 0040
青虎杖放馬は海霧に濡れて立つ
 0041
郭公に方里目覚める牧の朝
 0042
身の底に怒涛響きぬ海霧岬
 0043
海鳴りやはまなすの実はまだ青し
 0044
書きかけの稿に崩るる壷の薔薇
 0045
音なくて薔薇の崩壊知らざりき
 0046
明眸も薔薇盗人となってゐし
 0047
 楸邨忌
師は遠くしんがりの蟻ひた走る
 0048
甚平やむかし教師の独語癖
 0049
    あや
少年に蛇殺めたる前科あり
 0050
夏館青の時代のピカソの絵
 0051
はばたかぬ万の折鶴原爆忌
 0052
墓山を祖霊降り来る盆月夜
 0053
盆あとも墓域占めたる山鴉
 0054
ジーパンの尻で磨きし青林檎
 0055
向日葵は村の見張りの如く立つ
 0056
草虱つけて少年バスに乗る
 0057
花野にて父母と遊びしことありや
 0058
浜薔薇や少女海の香持ち帰る
 0059
実はまなす噛めば晩年ほろにがし
 0060
実はまなす沖の落日より真っ赤
 0061
晩年の余白はわずか銀河澄む
 0062
犇いてさんまい谷に曼珠沙華
 *「さんまい」は、若狭地方の土葬墓地
 0063
媾曵や星降る丘に丹生の傘
 0064
夕焼へ少年が吹くトランペット
 0065
浜夕焼少年の掌に貝ひとつ
 0066
波止場霧全灯点すカーフェリー
 0067
天高く柵が隔てし牛と馬
 0068
鰯雲日高の牧の果ては海
 0069
秋の夜の黄泉の母呼ぶ絵蝋燭
 0070
日高嶺の果てへなだるる天の川
 0071
野仏は石のかたまり赤のまま
 0072
出水後の泥乾ききる道の草
 0073
秋の暮この道ゆかば誰に逢はむ
 0074
碁盤目の街の黄落始まりぬ
 0075
黄落の舗道昏れゆきカレーの香
 0076
秋風や牧にどっしりねまる牛
 0077
ときをりは木の実に打たれ石仏
 0078
無人駅ばかり枯野を一輌車
 0079
牧枯れて駈けることなき放ち馬
 0080
骨壷に父母の棲みつく枯故郷
 0081
老後とはいつからのこと花芒
 0082
遠景につぎの世揺るる枯芒
 0083
ふるさとは遠くにありておでん酒
 0084
雪来るかあと眠るだけ石仏
 0085
雪虫のいのち透きつつ舞ひはじむ
 0086
しばらくは雲と遊んで山眠る
 0087
地球儀に埃のたまる十二月
 0088
朱を急ぐ落葉松に雪奥日高
 0089
屋上のクレーンが吊るす冬日輪
 0090
機織りの女房が鶴となる雪夜

 Subtitle
 天馬
 六六句 平成八年
 0091
雪嶺照り鷹が占めたる岳樺
 0092
寒夕焼少年の飼ふ鳩還る
 0093
鉄臭き男の軍手寒暮来る
 0094
瀧凍てて音の失せたる峡の村
 0095
晩学や一日多き二月果つ
 0096
クリオネの切手の便り流氷去る
 0097
日高嶺は雪の連なり卒業歌
 0098
淡雪の若狭は常世妣在す
 0099
いくつもの墓石を撫でて雪解風
 0100
村捨てし青年に鷹遥かなり
 0101
潮騒や芽吹き初めたる雑木山
 0102
円空の仏彫る旅鳥雲に
 0103
地球儀に緯度経度あり鳥帰る
 0104
くれなゐの木の芽ぴちぴち雑木山
 0105
膝抱いて屈葬思ふ春の山
 0106
花種子を夢のかけらのごとく蒔く
 0107
春草に厩舎より馬曳き出しぬ
 0108
野を駈けて象形文字となる仔馬
 0109
春の雷生きもの耳を二つもつ
 0110
埋もれし石も仏や延齢草
 0111
白き帆の船団となる水芭蕉
 0112
若者にラ抜きの言葉さくらどき
 0113
ワープロで打つ同人誌桜桃忌
 0114
薫風に岬の少女髪ふくらむ
 0115
定年のあとは嘱託かたつむり
 0116
海霧冷えの港町にも住み慣れし
 0117
              た
たんぽぽの絮シャガールの空へ翔つ 
 0118
短夜の湾のすみずみまで霧笛
 0119
短夜を万の字眠るフロッピー
 0120
麦藁帽顔小さくなってゐし
 終戦前後回想 六句
 0121
青田道少年倶楽部買ひに行く
 0122
骨片となりて還りし海霧の村
 0123
海底に艦と水兵月涼し
 0124
無条件降伏の島灼けつくす
 0125
蝉時雨教科書墨で塗りつぶす
 0126
あやまちの創いつまでも夾竹桃
 0127
夏雲のふくらみを突く岳樺
 0128
地球儀に痩せし列島敗戦忌
 0129
夕焼の翼広がる牧の丘
 0130
夏帽子岬の風に盗られさう
 0131
てんとう虫だまし騙してゐるつもり
 0132
夕立は空の号泣漁夫の葬
 0133
剥製の鳥飛びたがる青嵐
 0134
余生とはおまけでありし未草
 0135
はまなすや石に還りし風化仏
 0136
 七月十三日 シンザン逝く
青日高幻となり天馬駈く
 0137
夏寒し畦おろおろと賢治の詩
 0138
噴水に風のいたづら始まりぬ
 0139
はねと
跳っ人にみちのくの闇深まりぬ
 0140
白骨になるまでの刻蝉時雨
 0141
昆布干し切って束ねて老いにけり
 0142
花野駈け少女天使になるつもり
 0143
ポプラ吹く風秋となる石狩野
 0144
秋桜童女も小さき秘密持つ
 0145
少年の画板に止まる赤とんぼ
 0146
日高嶺の雲のかがやき草は実に
 0147
十勝秋日勝の絵の馬未完
 *夭折画家 神田日勝
 0148
向日葵は立たされ坊主枯れ尽くす
 0149
落葉松の林透けゆく枯日高
 0150
穂芒に夕日撫でられつつ沈む
 0151
枯山の風のこゑ聞く石仏
 0152
末枯や人は老いゆく峡の村
 0153
枯故郷わが一族の墓もなし
 0154
いち早く山の子に舞ふ雪ばんば
 0155
雪来るかどの馬の目も潤みもつ
 0156
極月の嶺々尖りだす奥日高

 Subtitle
 雪牧
 六〇句 平成九年
 0157
冬籠椅子も机も脚四本
 0158
凍てし鶴天翔ける夢見て眠る
 0159
落下
する刻閉ぢ込めて滝凍つる
 0160
雪牧に干し草を撒き馬放つ
 0161
居酒屋に髭剛き漁夫結氷期
 0162
寒卵つるりとムンク叫ぶ朝
 0163
海側に雪の貼りつく漁夫の墓
 0164
ダイヤモンドダスト少女の髪飾り
 0165
舞ふ雪に野の風を聞く馬の耳
 0166
多喜二忌の港坂道雪汚れ
 0167
漁夫娶る沖に流氷かがやく日
 0168
雪だるま解けても登校拒否続く
 0169
水平に棺出されし牡丹寺
 0170
鞦韆を大きく漕いで雲に乗る
 0171
嫁が来る話あたたか馬の村
 0172
四月馬鹿針千本を呑むつもり
 0173
やはらかき風の過ぎゆく延齢草
 0174
桜咲く若狭は遠し登美子の忌
 0175
さくら咲きアイヌ新法成立す
 0176
花曇頻尿の父あたふたと
 0177
花吹雪老いゆくことのはづかしき
 0178
薫風に尾を振れば馬尻割れて
 0179
遠足の子ら大蕗の傘かざす
 0180
叱られてゐる子の視野に蝸牛
 0181
野の少女鈴蘭鳴るを聞きたるや
 0182
海峡を越え来し蝶の動悸かな
 0183
許されぬ恋など霧笛鳴る町で
 0184
夜明けより太陽病めり海霧岬
 0185
        ひきがへる
楸邨のもの思ふ顔蟇
 0186
噴水に吹きあげられし日一輪
 0187
刈り倒す大蕗の水噴けり
 0188
男来る西瓜首級のごとく抱き
 0189
海霧襖岬へのバス呑まれたり
 0190
さい果ての岬民宿明易し
 0191
鳥のごと飛びたき日なり青嶺澄む
 0192
七月の湖は女の涙壷
 0193
家毎に一艘の船昆布刈れり
 0194
砂灼けて昆布干場に影もなし
 0195
骨壷も蝉聞いてゐる父の国
 0196
精霊のこゑの行き交ふ盆の村
 0197
高階に少年の飼ふ兜虫
 0198
牧草の巨大なロール雲の峰
 0199
新涼や朝の山脈紺深む
 0200
モナリザの流し目に逢ふ秋画廊
 0201
降りてすぐ花野広がる無人駅
 0202
秋祭サーカスの娘を恋ひ焦がれ
 0203
焙られて秋刀魚哭きだす春夫の詩
 0204
 九月二十五日 天馬街道開通
トンネルを抜けると十勝花芒
 0205
実はまなす襟裳の風に磨かれし
 0206
太首の力抜けたる枯向日葵
 0207
野分晴牛の涎の光り飛ぶ
 0208
枯葦を折るために吹く川の風
 0209
枯枝に軟体時計掛けしダリ
 0210
落日に火種貰ひしななかまど
 0211
晩年の坂降りてゐる枯れの中
 0212
全集の蔵書印褪せ漱石忌
 0213
同輩のたれかれの訃や冬ざるる
 0214
冬眠を忘れし熊の縫ひぐるみ
 0215
風小僧来て雪吊りの弦鳴らす
 0216
行く年の闇に灯ともす峡四五戸

 Subtitle
 潮風
 六〇句 平成十年
 0217
寒卵ころがり影と止まりけり
 0218
      よ
炉語りの窓を過ぎりし雪女
 0219
凍魚の目海恋ふことを忘れしか
 0220
地吹雪を抜け来し顔の揃ひけり
 0221
恋人とスキーリフトに吊られゆく
 0222
源流は吹雪下流は雪解川
 0223
 三月六日は、わが誕生日
啓蟄や忘れられたる地久節
 0224
啓蟄の日の東京に雪降れり
 0225
落葉松の芽吹き眩しき大十勝
 0226
北辛夷耕馬廃れて野に見えず
 0227
制服の両肩堅く入学す
 0228
北上の啄木の歌碑春の雲
 0229
千年の塔を見にゆく桜どき
 0230
恍惚と首締められてゐて朧
 0231
陽の牧に四肢投げ出して親子馬
 0232
春愁のノートに丸き少女文字
 0233
恐ろしきまでの群立青虎杖
 0234
草原をゆく少年と捕虫網
 0235
戦よあるな麦の禾直立す
 0236
復讐は微笑の仮面桜桃忌
 0237
油蝉しばらく油売ってゐし
 0238
甚平や少し冷たき膝頭
 0239
止まっては考へてまた走る蟻
 0240
少年と馬暮れなづむ夏野かな
 0241
国道に轢死の狐花虎杖
 0242
佞武多武者這ひつくばって睨みをり
 0243
木下闇鬼に隠れて子がひとり
 0244
日焼けしてライダーなほも北めざす
 0245
瀧となる落花寸前までの黙
 0246
土蔵出て一茶も見しや蟻地獄
 0247
万緑や牧の日高は馬の国
 0248
瓢箪のくびれの欲しき女かな
 0249
段丘に放牛ねまり風は秋
 0250
新米の袋絵模様華やかに
 0251
赤蜻蛉馬柵につぎつぎ来て止まる
 0252
鬼やんま見つつ黒板拭き叩く
 0253
馬の死を嘆く少年牧は秋
 0254
天高しサラブレッドに賭けし夢
 0255
秋風や売れ残りたる馬の貌
 0256
秋の波砂絵の女陰消しに来る
 0257
少年期より父母は亡し木の葉髪
 0258
父母の世のあまり短かしちちろ鳴く
 0259
日高嶺の雲掃いてゐる花芒
 0260
秋すでに火の恋しくて奥日高
 0261
銀杏散る大器晩成とはゆかず
 0262
    シシャモ
厚司着て柳葉魚の神へカムイノミ
 0263
ふるさとは沙流川河口柳葉魚干す
 0264
チャシコツ
砦跡にシャクシャイン像枯柏
 0265
鮭溯る川にこぼれし番屋の灯
 0266
短日の下校チャイムを早めたる
 0267
草枯るるばかり一樹もなき岬
 0268
獅子独活の枯れて震へる風岬
 0269
逢髪を逆立ててゆく枯岬
 0270
風に鳴る出稼ぎ村の冬木立
 0271
岩壁に並び海向く冬鴎
 0272
どうにでもなれと鮟鱇吊るされし
 0273
煮凝りの魚眼の白き玉舐る
 0274
絵本買ふ親子に聖樹点滅す
 0275
雪降らす園長の役聖夜劇
 0276
街の灯へ海より雪の殺到す

 Subtitle
 寒林
 六〇句 平成十一年

 0277
去年今年アイヌモシリのころの闇
 0278
のし餅の固さほどよくなりて切る
 0279
背景にふるさとの山初写真
 0280
寒北斗竪穴縄文人寡黙
 0281
煮凝や襟裳の風は家揺する
 0282
寒卵地球自転に疲れしか
 0283
樹氷林抜けゆく少女透明に
 0284
流氷群還らぬ島を繋ぎけり
 0285
国引きにあらず流氷接岸す
 0286
ふくらんでゐて梟の鋭き目
 0287
国語のみノート縦書き卒業す
 0288
卒業の先頭の子は車椅子
 0289
少年と来て春牧の馬に遇ふ
 0290
遠野火や「日勝の馬」半身なし
 0291
馬の仔にはじめての牧日の光
 0292
4Bの芯やはらかし春の雲
 0293
桜咲くこの世見ゆるか壷の父母
 0294
花の雲遠くチャペルのクルス見え
 0295
手の甲の皺増えてゐし桜餅
 0296
花の山ふっくらと闇包みけり
 0297
散骨を考へてゐる花吹雪
 0298
庭石に落花はりつく雨のあと
 0299
天使とは羽ある少女聖五月
 0300
七月の岬に赤きスポーツカー
 0301
青牧に竹削ぎの耳もつ駿馬
 0302
絵タイルの鯨潮噴く街薄暑
 0303
大雨の中の噴水ずぶ濡れに
 0304
滝壷に一流木の揉まれをり
 0305
手花火や徳用函の燐寸減る
 0306
白桃の種子より小さき癌育て
 0307
少年期より幾たびの敗戦日
 0308
炎天へポプラ大樹はみどり噴く
 0309
遅れゆく一匹の蟻はげましぬ
 0310
嫌はれてゐることなんぞ知らぬ蛇
 0311
椅子の背に夏服を掛け夜の講座
 0312
ラベンダー畑で蝶となる少女
 0313
生きている限り歓喜の蝉の声
 0314
遥かより父母来給ひし走馬灯
 0315
来し方に瑕瑾いくつか銀河澄む
 0316
白樺の幹にイニシャル彫りし秋
 0317
真っ青な空より垂れし葡萄もぐ
 0318
白露や牧の広がる馬の村
 0319
木の実投げ眼下の湖に音もなし
 0320
穂芒もマラソンの子を励ましぬ
 0321
蓑虫になって少年すねてゐし
 0322
くたびれし腰紐となる穴惑
 0323
理髪舗の鏡の奥に銀杏散る
 0324
野ざらしの捨て子はいかに翁の忌
 0325
枯菊を括るや赤子抱くやうに
 0326
手袋の片方どこで失ひし
 0327
きらめいて魚群となりし灯の飛雪
 0328
冬木立ビュッフェ鋭き線で描く
 0329
幾重にも怒涛寄せくる冬岬
 0330
舫ひ船寒星の綺羅ちりばめし
 0331
鮟鱇の涎垂らすはかなしけれ
 0332
初等科五年十二月八日朝
 0333
雪夜鳴る夢の小函のオルゴール
 0334
冬帽子目深晩年急がずに
 0335
ひと匙の雪といふ曲ティタイム
 0336
      しば
原生林の樹液凍れる奥日高


あとがき

 第六句集「北山河」には、平成七年から同十一年までの作品三三六句を収録した。  能村研三氏が「寒雷」(平成八年八月号)の同人年間作品評で、私の代表句をとりあげ「日高にこだわって俳句を作るというが、馬の句(略)など、雄大な北海道のすばらしさを謳歌しつつのびのびと詠んでおられる」と評された。  北海道の日高に暮らしているのだからその風土にこだわって句を作のは当然だと考える。ただ、北の風土といっても自然を表面的に甘く表現することではなく、生活者として内なる目で対象を的確に把握することでなければならない。しかし、この課題は重く厳しい。本句集には「にれ」と「寒雷」に発表した作品から自選して掲載した。  終戦直後の物資のない時代から句作を始めた者にとって、現今の豪華な句集出版にはただ驚くばかりである。俳句は誕生の昔から庶民の文芸であったはずだ。私は簡素なふだん着のままでいいのではないかと思っている。   平成十二年 初夏                 新渡戸流木
 略歴 新渡戸流木 (にとべ・りゅうぼく)  [生年] ・昭和6年 北海道門別町富川生まれ。  [結社・協会] ・昭和21年 戦後より句作。「石楠」「樹海」「万緑」「麦」等に所属のち退会。  昭和23年 「寒雷」に所属し、のち暖響会員(同人)。  昭和30年 「緋衣」同人(-35年)、  昭和37年 「氷原帯」同人(-40年)、  昭和53年 「にれ」同人(-平成9年)。  昭和59年 現代俳句協会会員・北海道俳句協会会員。  [主な賞] ・昭和57年 第2回 「にれ」風響賞受賞。  平成6年 第27回 北海道俳句協会・正賞受賞。  平成6年 第20回 浦河町文化奨励賞受賞。   [句集] ・昭和37年 「北国」  昭和49年 「風雪」  昭和59年 「浜薔薇」  平成4年 「青日高」  平成7年 「日高見」  [出身校・職業]  福井県若狭高校・北海道学芸大学函館校。日高管内小中学校教員。  平成3年退職後、浦河町史編纂委員。
 句集 北山河  平成十二年六月十日 発行 [私家版] ・著者  新渡戸流木 ・発行者 新渡戸常晴 ・発行所 057-0034      北海道浦河郡浦河町堺町西三丁目十一の三                     新渡戸方         牧笛舎 ・印刷所      北海道浦河郡浦河町築地三丁目五の四         (株)サンアイ印刷
栞 -- 句集 北山河 -- 新渡戸流木 ---------------         感動無尽       諸家 ----------------------------------------- 牧笛舎 --  北海道の日高にこだわって俳句を作るというが、      青虎杖放馬は海霧に濡れて立つ     流木      馬駆ける野はたてがみの色に枯れ    〃 等、雄大な北海道のすばらしさを謳歌しつつのびのびと詠んでおられる。                     「沖」副主宰 能村研三 評      定年のあとは嘱託かたつむり      流木  定年、それは人生の終着コースという意味で、誰にとっても潜り抜けねばならぬ一大事には違いない。そして、その後の第二の出発を、「あとは嘱託」と淡々と詠いあげたところが、ベテランらしい軽妙さだが、なによりも結語「かたつむり」という季語が寔に絶妙で、この句にふさわしい。      たんぽぽの絮シャガールの空へ翔つ   流木  シャガールといえば、幻想的なパステル画や版画などで活躍したロシヤ生まれの画家。絶え間なく漂うたんぽぽの絮に、ふとシャガールの絵の世界を連想したというところに若々しさがある。                     「にれ」主宰 木村敏男 評      たんぽぽの茎の短き岬道        流木  終日風の岬に咲くたんぽぽは、温暖な地のもののように、のんのんと茎を伸ばすことは出来ない。地に近く咲く野生に花に身をこごめて見入る作者も北辺の人。乾いた空気の中の新鮮な黄。句の背後に白い波頭の寄せてくる海が茫々とひろがっている。                     「寒雷」同人 中島鬼谷 評      産むときの吐く息荒し孕み馬      流木  「産むとき」の苦しみが「吐く息荒し」で端的に表現されている。      親馬の視野の限りを仔馬駆く      流木  牧場の中「親馬の視野の限り」を駆ける「仔馬」の奔放な生命力の疼きがたのもしい。      血統馬ばかりの牧場五月くる      流木  「血統馬ばかり」を育てている「牧場」には、心なしかただの牧場とは異なった誇りと緊張感が「五月来る」みずみずしさの中に満ちており、馬の日高でなければ味わえない感触である。                     「寒雷」選者 前田正治 評      日高嶺の雲のかがやき草は実に     流木  ここで言う「日高嶺」は日高山脈の総称であろう。日高山脈では十勝岳が著名である。秋も深まり、日高山脈には毎日白い雲がかかって日にかがやいているが、足もとの草は、はや実をつけている。「草は実に」に、季節の足どりに思いを及ぼす作者がいる。                     「濱」副主宰 宮津昭彦 評      膝抱いて屈葬思ふ春の山        流木  屈葬はいうまでもなく、手足を曲げた姿勢で葬る方法。主に縄文時代にみられたということで、誰のイメージにも焼きついていよう。  ところで現代は考古学の発掘がブームで、毎年のように新しい遺跡が発掘されて世の耳目を賑わせている。この句の場合も、以前からそうした死者の埋葬に関心を持っていたのか、或いは最近の新しい現象に触発されたのかは分からぬが、ともかく遥かな古代へのロマンを想い巡らせながら、屈葬を思っているというのであろう。「膝抱いて」という措辞に続く中七「屈葬思ふ」は、素直に共感を呼ぶものがあり、「春の山」という季感にもまたふさわしいのではないか。      クリオネの切手の便り流氷去る     流木  この句のクリオネもまた、流氷の天使という観光の宣伝も効いてか大きなブームを呼んだ。このところ句会などにも使われる例が増えており、いずれ北方の季語として市民権を得るようになるかもしれない。                     「にれ」主宰 木村敏男 評      止まっては考へてまた走る蟻      流木  日常に目に触れるのは働き蜂である。大地を走り廻る蟻には色々な仕種があって面白い。  楸邨先生にも「春の蟻つやつやと貌ふくさます」があり、大岡信氏も「小動物を描かせたら、日本の俳人の中、この分野で傑出している一人が楸邨である」と書いている。  人類に代って未来の地球を支配するのは、「蟻」と「鴉」ではなかろうかなどと、つい空想してしまうのである。                     「寒雷」同人 能登裕峰 評      冬籠椅子も机も脚四本         流木  寒さがきびしく、雪の多い地方では、冬期は家にこもることが多くなる。作者は北海道在住だから冬籠の生活には慣れている。その慣れている眼の捉えた冬籠がこの句である。目のつけどころの面白さに感心。                     「鶴」主宰 星野麦丘人 評      新米の袋絵模様華やかに        流木  新米を詰めた袋、昔は俵か麻袋、いまは違う。自慢の米の名と、地方の名所などカラー刷りの袋を使っている。一目で見て何処の米かが判る。その新米の袋が集約され華やかな絵模様が出来上っている。豊の秋らしい。                     「屋根」主宰 斉藤夏風 評      牧草の巨大なロール雲の峰       流木  これは北国の長く厳しい冬を動物と共に生きる人の自然への讃歌、生命への讃歌である。「牧草」と「雲の峰」は呼応して育ちつづけている。大らかな人達の風土と生活がいきいきと活写された。                     「寒雷」同人 星野歌子 評      行く年の闇に灯ともる峡四五戸     流木  俳句の「深み」は単なる「写生」ではない。その基本を生かしたのがこの作である。「闇に灯ともす」が詩的膨らみを出し「峡四五戸」が詩的写実を醸している。いわば「心の眼」で対象を「写生」している。更には「行く年」が内容を高めている。好情趣である。                    「寒雷」同人 新井三七二 評      馬の仔にはじめての牧日の光り     流木  常に風土に根差した真摯な生き方の作者ならではの作。豊かな自然に恵まれた馬産地日高の清澄な空気の中に、溢れる陽光に耀い躍動する馬の仔が見える。馬の仔にとって、生を受けて「はじめての牧」であるというところに、この句の核があり、作者の、命あるもの、稚きもの、若きものへの限りない愛情の深さを思う。                     「寒雷」同人 平野謹三 評 
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 底本::   著名:  北山河   著者:  新渡戸 流木   発行者: 新渡戸 常晴   発行所: 牧笛舎   発行:  平成12年06月10日  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力日: 2000年08月23日-2000年09月17日  校正::   校正者: 新渡戸 常晴   校正日: 2000年09月20日