Title  グリーン・カード 58  緑の札 58  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年十月九日(木曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle     【十 】  緑の札 一一  Description  劇しい爭鬪がはじまつた。  チヱアー2  椅子が十字に飛んだ。  ソウタを中心に、アキラとシノ ブの懸命な防戰が、刻々劇しい度 を増した。  アキラの額から血潮が流れた。  シノブの右手首からも、血が袖 の白布に染んだ。  ソウタは狂つた獸よりも、もつ と險わしく暴れ始めた。見る/\ ヽヽ うちに室内は白兵戰のような凄壯 さに變つた。  シノブはもう夢中であつた。生 きてゐるのか、死んでゐるのか、 それさへも----もう彼女には解ら なかつた。たゞ、燃燒した鬪爭心 が燃え盡きるまで、そうして、凡 てのものが虚無の一如に突き進む まで彼女はあばれてゐたかつた、 三人は毬のやうにころげまはつた ちり%\に離れて、こわれた器物 のかけらが、室内を飛んだ。  更に、更に爭鬪が劇しくなつ た。亂れに亂れた三人の姿は、犬 のやうに吠え合つた。  突如!ドアーが開いた。  五六人の人影が亂れて飛び込ん だ。アキラが無意識に押したボタ ンによつて驅け着けた警察員の人 人である。           ヽヽ  ソウタは漸く室外にほうり出 された。どや/\とその人達は室 内を去つた。               デツス・マスク2  〃突如!、墓穴のような----死 面のような靜寂が室内を閉ぢ 込めた。〃  それは極度は戰慄の靜寂だ!  動く力もなく、二人は顏を見合 せた。アキラにはもう言葉がなか つたのだ。 「ハナド!」               ヽ  苦しい叫びの下で、シノブはば ヽ つたり倒れて終つた。疲勞とと安心 が彼女を失神させた。        ヽヽヽ   ヽ  アキラの眼はくらむようには!       ヽヽヽヽ とした。彼はよろめく足どりで、 亡靈のように歩み寄つた。 「シノブ!」  アキラはシノブを抱き占めた。 彼女に對する今迄の惑情が、秋の 雲のように遠くへ、遠くへと走つ た。 「シノブ!」  彼は叫ばずにをられなかつた。  女神のように美しい、誇らかな シノブの失神した頬に、アキラの 燃え立つた涙が、ポロ! ポロ! と落ちた。  〃あゝそれはおそらくは生涯に ただ一度の、女性への甘い切ない 涙でもあらう----。〃  アキラの瞳は、次第に情熱に高 まつた。涙の顏は滑るように接近 した。 「シノブ!」 瞬間----。  アキラの唇は、血の氣を失くし たシノブの唇に強く落ちた。  接唇の雨は漸く沈靜した。 「ハナド。」  やつとシノブの意識は甦つた。 アキラは、は!とした。 「赦して下さい! 僕は、僕は、 僕は……。」  アキラの言葉はうまく唇を滑べ らなかつた。彼にはどうしても、 今の接唇が話せなかつた。 【ぢ?:印字不鮮明】  ■----とアキラを見上げてゐた             ヽヽ シノブの眼頭にも、美しいものが 光つた。 「ハナド」 「……?」 「大丈夫?」 「無亊です----」 「安心したわ」  二人の瞳は合致した。永い沈默 が續いた。アキラの眼に再び熱い 血が甦つた。 「シノブ!」  堪らなく彼は、シノブを感情の まゝに抱き占めた。 「ハナド。」  二人の顏は接近した。 「あの時の僕の言葉を忘れて下さ いますか」 「あたしはハナドを愛してる。」 「あの時から----?」 「あの時から!」 「さうして今も?」 「……ハナド」  彼女の唇は情熱的に波立つた。  End  Data  トツプ見出し:   大勢に順應し   樞府の内部改造   けふの定例會議の席上で   亊務規定改正を決す  廣告:   毛髮若返り香油 ビタオール 定價一圓  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年十月九日(木曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月29日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年09月07日    $Id: gc58.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $