Title  グリーン・カード 46  緑の札 46  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年九月二十三日(火曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  靈奪機 五  Description  現實に生きる人達は眼に見えぬ ものゝ力を否定した。眼に見える ものゝ證を求めなければ安心ので きない現代人の心理は無論奇怪と 奇蹟を人生の偶然で解決する。そ れが決して組織的に實在するもの でないことを力説し、信じてゐる 人々は安心立命の境地をとうてい 眼に見えない神への信仰に發見す ることは不可能であらう。眼に見 えた安心立命は生活であり、生活 の眞理を人々は享樂に盛る。  享樂を保證するもの----。それ は健康と物質だ!健康と物質を人 間に約束するものは黄金だ。  〃人生の信仰は黄金である〃  何と恐ろしい信條だ。  しかし澄み切つたタズの心の眼 に映つた老僕の祈念----。傳記と して記憶するシヤカ、クリスト。  暗黒の彼女の神經に、何かしら 大きいものゝ力が觸れてきた。權 利と義務と法則の社會の光りをま つたく遮ぎられた彼女の見えない 眼は現代人の見ることの出來ない 一つの世界を忽然と見たのだ。 「それは神であつた」  タズの見えない眼に見えたある ものゝ力----。力は神であつたの だ。しかし、その神はシヤカや クリストではない。そんな偶像よ りも、彼女の見た神は、絶對の嚴 しいものだ。それはおそらく、一 生を通じての祈念の境地にも見る ことの不可能に近い姿であつた。  創造主----の嚴しい權能を知つ たタズの神經が、今怖ろしい力で 淨化されてゐる。憎惡、怨恨、そん なものがだん/\と彼女の理性か ら去つてゆくと、諦めといふ不思 議な力が、その空虚を償つた。  彼女は窓を流れる樣々な光景、 飛行機、電車のもたらす樣々な人 間層、それらの凡ての音響が殺 滅されつゝ過ぎて行く姿を、鋭い 聽覺で聞くこともなく、たゞチキ !チキ!と折々に窓を過ぎて啼い てゐる小鳥の聲が、彼女の聽覺に 新しい「時」を運んだ。  突然、ドアーが滑つて、副院長           【屋】 とアキラがこの靜寂な部室に現 はれた。 「兄さん?」  人の氣配がしたゝめか、タズは               ヽ 心特ち顏を擡げて、すぐ----とさ ヽ う叫んだ。 「博士がお見えになつたんだ よ----」      ヽヽヽ  アキラはつとめて輕くそれに答 へた。 「ハナドさん、お眼は?」  べツドに寄つて、副院長は輕く 手を額に當てながら、默つてガー      ヽヽヽ ゼを解くといろんな手當を始めた のだ。眼は死滅に近い曇りを帶び てゐる。アキラはそれを見るに忍 びなかつたのか、顏は反けて草花 を凝視めた。  手當が終ると、副院長は輕い目      【屋】 禮を殘して部室を去つた。  彼女は不思議に何一つ、眼に對 しての質問をださなかつた。  副院長も又何一つ語らなかつた【。】  〃沈默の宣告!〃  病む者の心に、それ程怖ろしい ものはない。  けれども過去幾十日、恐怖と失 望に燃え盡したタズの魂は、そ の影をすら映さぬまでに、諦めの 曇りに深められてゐた。 「兄さん」 「…………?」  アキラは默つて椅子をべツドに 引寄せた。 「兄さん」  甘へるやうにもう一度彼女は言 つた。 「暫くこゝにゐて下さらない? ね----?」  アキラは身をクツシヨンに埋め ると腕を組んだ。 「寂しくなつたかい?」 「ええ、寂しいつてこともないけ れど………かうしてゐると詰らな いことなど………。」 「考へられるといふんだらう、誰 だつて病んでぬる時は、そんなこ とを考へたがるもんだよ。」 「兄さん、この眼----ね。」 「どうした?」 「駄目でせう?」  アキラは頭を抱へて唇を噛み ながら、彼女の顏を凝視めたのだ【。】  天使のやうにその顏は澄んでゐ た。彼は涙ぐむよりほかに道はな かつた。怖ろしい彼女の宿命を、    ヽヽ 所詮はさうした結末であるにはし ても、彼の言葉で宣言することは 慘酷である。もしその宣言を彼女 になし得るものが此の世の中にあ るとすれば、それはアキラでもな く副院長でもない。  〃母だ!!〃  彼の頭に母の顏が甦つてきた 怖ろしいあの夜の惡魔の顏が、憎 惡の火を吐いて迫つて來た。  End  Data  トツプ見出し:   皇太后陛下   多摩陵御參拜   秩父宮紀殿下も御同行   ------------------------------   日電 對 宇治電   三百萬圓大訴訟は   日本電力の勝訴   大正十五年以來五年の爭ひ   けふ大阪地方裁判所で判決  廣告:   鼻病療藥 西養寺の 療鼻湯 藥價七日分が九十錢  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年九月二十三日(火曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月20日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年09月07日    $Id: gc46.txt,v 1.4 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $