Title  グリーン・カード 41  緑の札 41  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年九月十七日(水曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  グラス・ハウス 四  Description  人造の雨が止んで、ストリーマ ンの老人が歸つて、間もなくこの 部屋に現れたのは、シノブの兄の ウズキ・ジユンだ。  巨躯豪放、シノブの兄には相應 しくない太い神經の男である。鬪 士にはあり勝ちな----彼は鋼鐵の 意思をもつた男だ。  物質文明の爛熟、黄金と科學の 尖端に、凡ゆる人間性を忘れた生 活のミイラに向つて、一大民族運 動を起してゐる男である。  けれ共、あくまで自我に生きよ うとする自我の生活者には、この 無名の一青年が叫ぶ民族愛の人間   ヽヽヽ 的なめざめを、むしろ反逆者とし て嫌惡した。  世に迎合されざる者の悲哀。し かしジユンはあくまでも自己の信 念で築いた軌道を走る鋼鐵車だ! 風雲を好む冒險者だ!  シノブはさうした兄の訪問を、 細い金卷の紫紺色の煙の輪で包ん で終つた。  少女が珍らしい水菓子を皿に盛 つて現はれた。         ヽヽ 「シノブ、大變にうまさうな水菓 子ぢやないか----?」 「えゝ、草葡萄ですもの。」 「あの、芳水園で出來た奴か?キ カイのやうな人間が、キカイの力 で作つた奴だな。」 「兄さん、どうしてキカイ、キカ イつておつしやるの?」 「己れは魂のないものを嫌惡す るからだ!」 「兄さんの運動に味方をするもの はキカイだつて好きでせう?」 「バカ。キカイが、ミイラが己れ の運動、神聖な民族愛を知つて堪 まるか!」 「なら、最初から駄目なものと解 つてゐて、何故運動を續けてゐる の----?」 「ハヽヽ。理窟をいふな!今に己 れの意思が創造主に通じるのだ。 凡てはそれからだ!、アジヤがア ジヤ民族のために樂土として與へ られる日こそ己れの運動の解る日 だ!」 「それまでは?」  ヽヽ 「うるさい亊を聽くな!それより も金を貸せ。」 「また?」 「又ぢやない。己れはそのために お前の存在を認めてゐるのぢやな いか。」 「そのためのキカイとして?」             ヽヽ 「そんなことはどうだつてよい。 お前がこの己れの生命を保證する ことによつて、お前の今日の生命 が神聖なものに役立つてゐるのだ ----。」 「ありがと。あたし立派な兄さん をもつてゐることになつてるの ね、光榮よ----。」  に!と微笑を含んで、シノブは 手金庫から十五六枚の紙幤をジユ ンの手に握らせた。  彼は即座に立ち上つて去りかけ た。 「兄さん。」  微に人間的な寂莫が、シノブの 眼の奧を走つたのだ。  さすがにジユンの足が、ためら つた。 「見た?今朝の新聞?」 「見ない。」 「あたしの、次週の曲目、進軍 いふのよ!」 「遁軍?」 「ええ、進軍!」 「面白さうだな。さうだ、進軍だ、 人生は進軍だ。民族は地上樂土の 建設のために、進軍せなければな らない、邪惡な民族への進軍だ。」 「喜んで呉れる!」 「喜ぶとも!お前の懸命な進軍の 姿が人々の眠つてゐるものに、大 きい刺戟を與へて欲しいものだな ----。」 「兄さん、唄を作らない?兄さん の。」 「己れの?----、あ、さうか、人   ヽヽ 人よめざめよ、アジヤの爲に!と いふのだな?」 「えゝ、それ。」 「唄つてくれるか?」 「唄つてみる!」 「感謝!!」  彼は思はず手を差し述べた。鋼           ヽヽヽ 鐵の鬪士にも、感激のもろい涙が 湛へられてゐる。  兄妹は確りと握手した。  End  Data  トツプ見出し:   既定方針を確守し   一歩も讓らず邁進   再考要求や調停は斷然拒絶   樞府彈劾に終始した けふの閣議  廣告:   シバニ純石鹸  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年九月十七日(水曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月17日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年08月27日    $Id: gc41.txt,v 1.7 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $