Title  グリーン・カード 26  緑の札 26  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年八月二十九日(金曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  母と妹 七  Description  今宵は何といふ靜けさであらう か----。彼女に對して諄々と説く アキラの言葉は、その靜かな夜の 沈默のなかに溶けてゆく。  まだ一度も知らなかつた自分達 の生活のプロセンス!。父のこと 母のこと。それらがフイルムのや うにタズの眼と耳を流れた。 「勞働者に對する復讎は遂げられ た。今度は母である、母の屬する 女性への復讎を遂げなければなら ない。現代は女性が男性に對して その征服慾、支配權を露骨に發表 してゐる社會である。女性が男性 を征服する--それは人間進化の必 然的な結果であるか----どうか、 その結論は第二義として、人間的 の批判を加へるなら、これは絶對 に間違つた道である。  お前と兄さんの母は、その間違 ひを敢行した。そのために女とい ふこと、母といふこと、妻といふ ことを忘れてしまつてゐるのだ。 兄さんは、兄さんの生命の續く限  ヽヽ りさうした女性達に反抗する--何 よりも、兄さんは自殺した父の復 讎を遂げねばならない!あの母の 心をへし折つて父の前に悔いの涙 で詫びさせねば、兄さんの生きて ゐることが無駄になる!」  アキラは自分心自分の言葉に感 激したらしい。立ち上つてぐい! と彼女の手首を握り占めたのだ。 「タズ、兄さんのいふことはまち がつてゐるか?」 「兄さん----」  ぼんやりとした寂しさ----。そ れは今迄から何度ともなく味はつ た心の空虚ではあつたが、それが どうした亊からの寂しさであるか は考へたこともなければ、考へよ うとしたこともない彼女であつ た。それに、かうもはつきりと哀        ヽヽ しい不幸を見せつけられては、彼 女の心は堪つたものではない。  アキラの説いたことが正しいも のか----どうか、それは別として 彼女はアキラのやうに頭から母を 憎むことが出來ないのだ。といつ て、自殺した父の心を又考へない ヽヽ わけにもゆかない。  彼女は母のやうに女性の完全な 獨立といふことを望まない、しか し、それが惡いことだといふこと も考へない。あるがまゝに、ある がまゝなものも甘受しやう、それ が彼女の人生觀である。 「兄さん。」  ともう一度彼女はいつた。 「あたし、やつぱりあのお母さま ばかりを……」 「怨むのがいけないといふのか、 間違つてゐるといふのか?!」 「お母さまのしたこと、してゐる ことが皆な惡いことでせうかしら ……?」 「惡い!皆な惡い!」  アキラのその言葉は命令であ る。 「なら、お父さまのしたことが皆 な正しいことでせうか?」 「それは、兄さんにも判らない。 けれ共、夫を見殺しにしてまでも 自己の立塲に生きようとする妻は それは善良な妻であらうか?」  またも二人の間が人道論に墜ち ようとした時に、アキラは今の言 葉を撲り飛ばすやうに腹立たしく いつた。 「理論は止そう、----それで、お 前は兄さんの祝賀會へは行かない といふのか?----」 「…………」 「行かないのだな!?」 「否え!兄さん、行きますわ、あ たし、お母さまにも一度會ひたい ……」 「…………」  お母さまにも一度會ひたい、そ              ヽヽ の彼女の言葉はアキラの胸にとげ のやうに刺さつた。  アキラは酷く不機嫌な眼で、彼 女から離れると卓子の上の小箱を 抱へた。 「來月五日だぞ!忘れぬやうに !」  End  Data  トツプ見出し:  廣告:  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年八月二十九日(金曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月01日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年08月14日  $Id: gc26.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $