Title  グリーン・カード 23  緑の札 23  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年八月二十六日(火曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  母と妹 四  Description  ×柴の丘----  MURASAKI NO OKA  標示燈が光つてゐる。一台の飛 行機がその標示燈に向つてゐる。  飛行機が赤い光りの尾を引いて ウルトラマリンに澄んだ夜の蒼空 を走つてゐるのが光りの帶のやう に美しい。  紫の丘は商工都市から東南へ 五里、カツラギ山脈のなだらかな 裾足に建設された學園である。      ヽヽヽヽ  夜目にもくつきりと白く見える 大きい建物は、學生の寄宿舍だ。  飛行機が紫の丘に着留した。 光りの帶がふーと空間から絶ち斷 れて、きらめいてゐるのは星であ る。  ハナド・タズの部屋---- 。  寄宿舍の一室である。中央に圓 い卓子が一つ。窓寄りにデスクが 一つ。デスクの上に一輪の白い花 が活けられてゐる。  デスクの左測には大きい書棚が           ヽヽ 設けられ、その中にはぎつしりと ヽヽヽ いろんな書物が背を並べてゐる。  デスクとは反對に並べられてゐ るグランド・ピアノの上に、一 匹のペルシヤ猫が背を丸くふくら ませて眠つてゐるのが、いかにも 女學生らしい生活の影だ。  ドアーが開いた、白百合のやう に氣高く美しく飾られたタズが現 はれた。彼女は書棚の中から一册    ヽヽ の本をぬき取つた。  AKUTAGAWA   RYUNOSKE  KA-N-SO SYU  芥川龍之介といへば、五十年も 前の小説家である。その男の、こ れは感想集であるらしい。 この小説家は自殺した。         ヽヽ  ぼんやりとしたある不安に怖え て此の男は自殺したのだ。それは 此の感想集の序文の中にも認めら れてゐることである。  彼女はホーム・ライトのスヰツ   ヽヽ チをひねつて、室内の人造光線を 殺滅した。  と----窓を通してデスクの上に 流れる月と星の光り。それが吸光 機のレンズに反映されて、彼女と デスクと、デスクの上の感想集に 白く落ちる。  詩的だ! これは一九八〇年             ヽヽ の詩的なことに違ひない。うら 若い少女の人生に對する----それ らしい哀愁であり、寂莫であり、 感傷であるに違ひない。  彼女は熱心に感想集を讀み始め た。五十年前の人間が、人生に對 する皮肉、哄笑、悲歎、嘲蔑が、 そこには面白く書かれてゐる。さ うした一節の中から五十年前の社 會の爭鬪、殊に資本對勞働の劇し い爭鬪が記録されてゐるのを讀む と、まつたく彼女は驚かされた。  〃極度に人間の勞働を要求した 時代!〃  今日を考へると、そんな時代の あつたことが疑はれるのだ。それ ほどに人間が、人間の勞働を酷使 しなければ、産業の命脈が保てな かつた五十年前の社會は、人間地 獄のやうに彼女には思へた。  〃現代はキカイを要求する! キカイの勞働を要求する!〃  人間の勞働を拒否する時代であ ると同時に、人間の智的活動が、 極度に尖鋭化された時代であると 思つてゐる彼女の眼に、智的活動 の無能な人達----勞働失落者とお びたゞしい乞食の群が、社會の何 を暗示してゐるか。無論、それを 見ることが出來ないのだ。  たゞ彼女はキカイの社會と黄金 萬能の社會を知つてゐる。さうし て、母を通じて----女性が人生に 君臨する暴君的な態度を、不思議 がらない彼女である。  End  Data  トツプ見出し:  廣告:  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年八月二十六日(火曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年07月31日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年08月14日  $Id: gc23.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $