Title  グリーン・カード 13  緑の札 13  ----五十年後の社會----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年八月五日(火曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  甦る呪れの日々 三  Description 「理窟なんか、どうだつていゝじ や御座いませんか。そんな理窟を 考へてゐらつしやるよりも、破産 に迫つている製作所のことをお考 へなさいまし、妾はこれから始ま る會社の委員會に顏を出さねばな りません、たゞ貴郎とお約束の出 來ることは、貴郎の妻としてこれ から先の貴郎の生活を保證すると いふ一つで御座います、」  ヽヽ  かう言つて、セキ子は速座にデ スクの前から立ち上つた。 「セキ子!」  健二も立ち上つた。 「妻として、現在のわしに對する 約束は、たゞそれだけでよいとい ふのか?」 「左樣で御座います、妻としてそ れ以上の、何が約束出來ませう【。】 貴郎は貴郎!亊業は亊業!」 「そ、その言葉が、わしの運命の 破滅であるとしても?!」 「妾にはこれ以上、何を申し上げ る言葉も御座いません、たゞ妾は 權利と義務をよく存じてをります !」 「あの二人の子供に對しても、や はりお前は權利と義務以外のもの を考へないといふのか?わしの運 命の破滅した後にでも?」 「貴郎に對し、子供に對し、まだ   ヽヽ 何かほかにあるものが御座いませ うか?!」 「バ、馬鹿!お前は獸だ!!」  劇しく健二が激すれば激するほ どセキ子は冷靜に身を構へた。 「貴郎は弱い人です!救ひを求め               ヽ る人、妻の前に屈伏して社會をご ヽ ま化そうとする卑怯な人です…… ……。」     ヽヽヽヽ  刹那にごうぜんと短銃の音が室 内をゆるがせた。同時にカレンダ ーが健二の顏面に飛んで落ちた。  無論、その時には室内にセキ子 の姿は認められない。  たゞ、室内には魂のない人形 のやうな健二の姿が、ぼんやりと 突立つてゐるだけだ。  不思議な程に、その短銃の音が 消されてゐたのか、それとも亊務 室までその銃聲が屆かなかつたの か、所長室の異變を知つて馳け寄 る人の足音も聞えなかつた。  〃投げられた九月五日のカレン ダーよ〃  彼はそのカレンダーを見た。  カレンダーのなかに彼を嘲笑す るセキ子の幻影がある。  彼はカレンダーを踏みにじらう とした。  今度はカレンダーのなかに二人 の子供の顏がうつる。  悲しさうに父を見上げる顏、淋 しく微笑む顏----だ。 「明、田鶴!」  健二はカレンダーを拾つて、胸 に抱いた。 「可愛さうな兄妹よ。」  健二はハラ/\と涙をこぼし た。 「お前達のみじめな父を笑つてく れるな、勝ちほこつた母親よりも、 敗れ傷いた父親の方が、どれほど お前達を愛してゐるか、いまにそ れが判るだらう」  彼はひとりごとをいひながら、 カレンダーを抱いてデスクの上に ヽヽ うつ伏した。  End  Data  トツプ見出し:  廣告:  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年七八月五日(火曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年07月23日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年08月14日  $Id: gc13.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $