Title  グリーン・カード 10  緑の札 10  ----五十年後の社會----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年七月三十一日(木曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  若い科學者 三  Description  かふいふ名聲の中にあつてハナ ドアキラはなほ憂鬱なのである。  今度はその憂鬱の原因を語らね ばならない。  しかしそれは間もなく彼の行動 が説明するであらう。     ×  アキラはさつきから相かはらず ソフアに仰向けになつたまゝヂツ と天井を見つめてゐる。  このあはたゞしい、一分一秒の 時をすら惜しむ世の中にあつて、 彼のかうした態度は全く時代離れ がしてゐた。  一體アキラは何をしてゐるのだ らう?  なるほど天井の一角に逆冩鏡が あつて、そこに外部の風景が映つ てゐる。  然し彼はその鏡を流れる街路の 風光に囚はれてゐるのでもなけれ ば、新しいキカイの研案を續けて ゐるやうでもなささうだ。  水晶のやうに澄み切つた瞳、沈 默そのものゝやうな瞳、征服慾の 勝つた瞳!それは英雄の瞳だ。  大野望家の瞳だ。狂人のやうな 大天才の瞳だ。  不思議なことに瞳はだん/\と 曇つてゆく。濡れてゆく。血筋の 數が増してきた。と、眼頭に溜つ たものがくづれるやうにボロ!と 一筋、頬を流れた。  涙!  堪へられないやうな涙である。 燃えてゐるやうな涙である。怒つ てゐるやうな涙でもある。戀をす る者の涙。青春に限りなく押し寄 せる人間的な寂莫の涙。詩を誦む 者の涙。生に疲れた者の涙であら うか。  否!彼の涙はそんな浮弱な者の 涙ではない。甘い詩のやうな涙 ではない。  もつと人間的な、本能的な、血 を洗つて流れる愛怨の涙だ!  〃この瞳に涙のこぼれる時は、 彼の胸に自殺した父の死像が宿る 時である----。〃  果して、彼の瞳は亡き父の冩眞 に向つて注がれてゐたのだ。  大きく部屋の一角に掲げられて ゐる父の冩眞!  寂しい顏、默々と生に息づく 顏、哀しみを胸一杯に湛へて微笑 まんとする顏!それは志しに 破れた人間が地に祈る顏ではない か。しかし空虚な顏ではない。生 きる屍の顏ではない。どこまで も忍ぶ者の人間的な顏だ!              ヽヽ  漸く、アキラの瞳は柔かくとぢ られた。刹那に、もう一滴、涙が 頬を傳つた。  〃哀しい幻想が始まつたのであ らう…………。〃  まだアキラは身動きもしない。  兩手は胸の上でかたく組まれた まゝである。微に唇だけは慄へ てゐる。  靜寂な一刻!  彼はつと立上つて部屋の中をグ ル/\歩きまはつた。歩きながら もなほ父の亊を考へてゐるのであ               ヽ らう、とき%\ツト立停つてはた ヽヽヽ めいきを吐いた。父の冩眞を見上 げた。五分!十分!  やがてアキラは部屋の一隅にあ る大きな金庫の前に立つた。  End  Data  トツプ見出し:  廣告:  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年七月三十一日(木曜日)  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年7月22日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年7月26日  $Id: gc10.txt,v 1.4 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $